2008年04月15日
私の仕事
物理学は原子の内部の出来事を扱うが、化学は原子の外部の出来事を扱う。
化学は結合と解離に関する基本的な整数的な構造を扱う。
シナジェティクスは、
これらの相互関係および整数自体の構造化に関与する。
この仕事には走査顕微鏡も加速器も不要だ。
観察から学べることは僅かしない。
実際、原理の発見があった後に、だれでも観察することができる。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 06:38 | コメント (0)
2008年01月23日
星
脳は睡眠中に異なった情報を休みなく整理しているように、
PCもスリープしながら黙々と
ハードディスクから項目を無差別にリストアップしている。
使われない関係性は増大するばかりだ。
ユーザは夢を語らなくなったばかりか、幻想さえも不要になった。
意識と無意識の間を外部に依存してはいけない。
外部をつくり出すまえに、星になってしまう。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 07:10 | コメント (0)
2007年04月27日
社会vs宇宙
両親は、学校のランキングが社会で認められるための
最初のハードルであると考えている。
教師と学生がランキングで採用する以上、学校は最初の社会だ。
しかし彼らは「学校での成績がよいからといって、
社会で認められるとは限らない」ことは教育しない。
シナジェティクスを学ぶと、「社会で認められるからといって、
宇宙で認められるとは限らない」ことばかりだ。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 09:11 | コメント (0)
2007年04月17日
デザインサイエンスの相補性
原理の発見はつねに単独でなされ、
発明も単独者に帰属する。
つまり、他者と同時性を共有することはできない。
その上で、<生活器>という特別な場合の問題解決者として生存すること。
メタフィジクスとフィジクスとが生の最初の相補性である。
波であり粒子である量子力学の前提よりも、まだ<光>がある。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 08:05 | コメント (0)
2007年04月12日
寝たふり
シナジェティクスがサイトに出現して10年目を向かえる。
http://www.rwgrayprojects.com/synergetics/synergetics.html
シナジェティクスを素晴らしいと感じられない人に不満を感じたことは一度もない。
しかし、シナジェティクスとは何かを知る前にシナジェティクスを直観的に素晴らしいと感じてから、人生が半分過ぎている人ほど怠惰な人生はないだろう。
私の場合、フラーの著作に始めて触れ、
25歳までの寝太郎の寝たふりの数年間の経験ほど不幸な時間はないのだ。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 09:18 | コメント (0)
2007年04月02日
対称的マインド
問題を解く能力ばかりが、脳じゃない。
問題を増やす能力も創造性だ。たとえば発見。
その両方を求めるのは対称的マインドだ。
動的な相補性はシナジェティクスに期待できる。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 23:30 | コメント (0)
2007年03月26日
思考と睡眠
思考すると眠くなる。
私はシナジェティクス論文を書くと自然に『寝太郎』になる。
思考と睡眠は知を成す過程である。
睡眠には自動的な情報の整理作用がある。
そして、原理の発見によって脳はもっとも覚醒する。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 13:09 | コメント (0)
2007年03月19日
ルビの起源
ルビーは宝石の名前だ。
19世紀まで活字は宝石のように貴重な存在であった。
ルビ活字の大きさを宝石の名前(5.5ポイント・ルビ)で区別していた。
プリセッションを計画的偶然と訳したことがある。
そしてプリセッションをルビにした。
漢字のルビには内部と外部の相互作用がある。
この相互作用こそ、稀少元素のように貴重な存在になるだろう。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 07:32 | コメント (0)
2007年03月17日
こどもオペレーション
あらゆる大人はかつて子どもであった。
子どものことは胎児も含めてよく分かっていないと聞いて驚く人がいる。
子どもを産んだからと言って、子どもが理解できるわけではないのと同じだ。
理解するためには、子どもから学ばなければならない。
子どもから学ぶには、子どもになるというオペレーションが必要だ。
この子どもオペレーションについては一部の天才たちが独占したままだ。
シナジェティクス入門講座はこの子どもオペレーションの実践でもある。
講座と同時平行して、わたしもこどもオペレーションによってある数学論文を書いている。 いつでもどこでもこどもが効果的だ。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 10:02 | コメント (0)
2007年02月06日
奪うこと
恐ろしいことが毎日学校で起こっている。
さらに本当の破壊について気づいている人は稀である。 Y.K
「すべての子供は生まれながらの天才であるが、関連を示す可能性のある事柄について子供が直観的に感じる瞬間を <天才になれなかった鈍感な年長者たち>が残酷に無視するか、さもなくば愚鈍に対処することで天賦の才は即座に奪われてしまう。」バックミンスター・フラー 1983
投稿者 e-shokuju : 15:10 | コメント (0)
2007年01月19日
informからinmodelへ
in-formという言葉は 情報[知識]を与えることである。
プロダクトデザインでは、ひな型や鋳型を作ったり、または設計することや、模擬実験 (simulation) を行なう場合、modelという言葉で集約してきた。
そこで私は、人工物に最終的に自然の見えない機能を包含させるデザインサイエンスのデザイン行為に対して、 in-model という新たな概念を作った。
情報(in-formation)はエントロピー的に増え続けるが、in-modelationは情報を劇的に減少させる作用がある。 in-modelationは、情報をシントロピーに変換すると同時に、原理は、膨大な局所的情報を無化する。
in-modelationは、原理の統合作用が、人間の作り出すエントロピー的知識を与える関係から不変的な宇宙の相互関係に抱擁されていく関係を表す概念として同定したい。
in-formからin-modelへの移行は叡智(メタフィジクス)の問題だ。
さもなくば、銀河宇宙の反例は宇宙のエントロピー的瞬きに終わるだろう。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 09:22 | コメント (0)
2007年01月11日
全方位ジオスコープ
現代のプラネタリウムのテクノロジーは、もちろん神の目を除外してきた。
地球を内部から見る観察者を想定すれば、
地表データと星座のデータを重ねて観察することができる。
プラネタリウムはいまや全方位ジオスコープに変換可能である。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 07:53 | コメント (0)
2006年12月18日
確かな方法
個人的獲得物質を求めないで、ひたすら仕事に打ち込むこと、
その結果を誰にも求めないで生きる。
こうした日々を築いていくことは、
シナジェティクスを続ける確かな方法のように見える。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 21:07 | コメント (0)
2006年12月10日
ハイブリッドの燃費
中国の自動車会社が、日本製のハイブリッド車を輸入し、すべての部品をコピーして、ハイブリッド車を再構成しても、 燃費は15%程度しか改善できなかったのは、
飛躍的な燃費向上のノウハウがハードではなくソフトに依存していたからだ。
実際、ハイブリッド車の開発費の過半数は、コンピュータソフトの開発費である。
朝6時に出発して、雨天の中を9時間かけてはじめて1日で約900キロを移動した。
時速130キロ走行を維持しなければ、この距離は移動できない。 休憩や給油で平均時速はすぐに100キロ以下になる。 スタッドレスタイヤを装着したハイブリッド車の高速走行で平均燃費20キロは驚きだ。
平均燃費を17キロ以下にするには、かなり無駄な加速を強いられる。
平均燃費20キロは、常時瞬間燃費などを注意深くモニタリングしながらの高速走行であり、この方法を意図的に排除したアクセルの一定の踏みっぱなしの平均燃費は、約10%以上も低下する。アクセルの踏みっぱなしよりも断続的な加速と慣性力で、モーターを頻繁に駆動させ、発電させながら運動エネルギーをコントロールするといったこれまでにない運転方法によって、高速での燃費向上させるプログラムはまだこのハイブリッド車にはインストールされていないことに気づいた。 コンピュータエイドドライビングのボタンが一つ欲しいものだ。
ハイブリッド車のラッシュアワーの低速走行時の燃費が格段に良いのは、こうした運転方法が別の理由で結果的に強制されるからである。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 22:57 | コメント (0)
2006年12月07日
シナジェティクス
シナジェティクスは幾何学ではない。
そして、シナジェティクスを時間を含む幾何学とする定義に甘んじている人たちが、少なくともシナジェティクスをアートに変換することが最大の副産物であるとでも思っている間に、プライムデザインは、バックミンスター・フラーの時代以上の可能性を備蓄している。
デザインサイエンスを遂行する懐胎期間は完全に終焉している。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 18:22 | コメント (0)
2006年11月26日
数学者エッシャー
エッシャーは、構造とパターンによって
エレメントの外形線の自由度が決まることを直観的に理解していたが、
それを数学理論にするまで20年間の懐胎期間がある。
バックミンスター・フラーが
4Dハウスからジオデシック数学を構築するまでとほぼ同じである。
構造とパターンは幾何学よりも、岡潔のいう「情緒と創造」に関与していると感じる。
事実を観察することから始める客観的主義への依存度がほとんどないからである。
しかし、メタフィジクスの神髄に触れることから20年間の懐胎期間が始まる。
こうした激しい持続は、偉大な芸術家や科学者の特徴である。
http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0701/escher.html
http://synergetics.jp/gallery/
投稿者 e-shokuju : 12:28 | コメント (0)
2006年11月14日
シナジェティクス
では、分類学は、メタフィジクスなのかフィジクスなのか。
バックミンスター・フラーはシナジェティクスを分類するシステムを
シナジェティクスに包括している希有な超『自然学』学徒である。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 09:52 | コメント (0)
2006年09月03日
シナジー
バックミンスター・フラーは、その非実体的な想像上の経験を視覚化し、教えられる「もの」に変換したシナジェティクスを発見した。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 11:03 | コメント (0)
2006年08月30日
美味しいシステム
美味しい料理をいくら食べてもその料理は作れないし、いい音楽をいくら聴いても演奏はうまくなれないということを知った時、すでにこどもではない。
これはシステムなのだ。
このシステムに死ぬまで気づかない人が99%いる。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 22:08 | コメント (0)
2006年07月31日
シナリオ宇宙
シナリオにはそれを構成するプロットがある。プロットには全体でない前後の情報がある。
全体を対象化するには全体を示す全体ではない過程がなくてはならない。
過程は部分でもない。
過程は存在なのである。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 07:10 | コメント (0)
2006年07月13日
角度
環境は、観察者を除外すれば存在しないが、
観察者を宇宙から除外しても角度は存在する。
角度は、大きさから独立した概念である。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 00:19 | コメント (0)
2006年07月12日
全方位
環境は明らかに自分以外のこの720度問題なのである。
つまり、環境とは
すべての人類の置かれた環境が互いに異なっていることが問題なのである。
エコロジーは、この問題を除外しては存在しない。
「テトラマ」はつねに主体の位置(=観察者の居場所)に関わっている。
しかし例外的にバイオスフィアの中心に観察者が移動すると、すべての局所的「テトラマ」は、完全一致するだろう。
この極軸上の点は認識に著しい変化を引き起こすだろう。
バイオスフィアと大気圏外宇宙は720度で完全に一致している。
全方位とは、球状宇宙の720度である。
「テトラマ」は地球儀でもなければ、天球儀でもない。
すべての対象物が観察者からある距離に配置された宇宙の相互関係をパターンとして視覚化する装置である。
エコロジーが今までになくより多くの人類を宇宙意識へと誘導しているのは、無意識にこの720度が関与しているからだ。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 10:22 | コメント (0)
2006年07月11日
「テトラマ」
超広角レンズの最大視野角は180度である。
レンズでは不可能であるがパノラマ(panorama)という図法から最大視野角は360度まで拡張できる。
しかし、自分を取り巻く全方位は360度であると信じられてきた定理は数学的に間違いである。パノラマ(panorama)はすべてを決して捉えない。
360度のパノラマはメルカトール図法の矛盾を引き継いだ不完全な球体認識である。
周囲の角度は720度である。
つまり、ひとつの頂点の周囲の角度は720度である。
これは(正)4面体の内角の総和に関係している。
人間の視野角では同時に720度を見ることはできない。
私はこの新しい視野に変換する図法を「テトラマ」(tetrama)と呼んでいる。
「テトラマ」によって自分を取り巻く全方位は720度で捉えられる。
異なった観察者が見るすべての「テトラマ」は互いに異なっている。
つまり、あらゆる「テトラマ」は局所的なのである。
私はこの本質的な問題を「テトラマ」問題と呼んでいる。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 06:56 | コメント (1)
2006年06月05日
流体地理学
サケの遡上が多かった年は木の年輪の幅が広くなる。
熊によって森の中に運ばれた窒素は遂に1ヘクタール当り120kgとなり、
造林業者が人為的に施肥する窒素肥料の量に匹敵するからだ。
樹木に含まれる窒素の中でサケからの窒素分の割合を同位元素別で調査した結果、
鮭の溯上の3年後に樹木中のサケの窒素の増加が認められ、
すべての森の樹木の窒素の30% 以上がサケからのものであるというレポートを読んだ。
流体地理学では熊はシナジェティクス的オペレーションでサケを森に加えたので
海の一部が樹木に化身したのである。
加えられたサケで未知でなる森の情報は明らかに生成されていることを意味している。
サケは森が雲という移動する淡水を生成するための媒介者である。
熊とサケはこの流体地理学を知らない。
サケと熊は異なったシナジェティクス的オペレーションを媒介する。
海と森の価値も知らないサケと熊の行動とは異なる人類だけが
シナジェティクス的オペレーションに<意識的に>参加することによって、
海と森の価値をはじめて理解できるのだ。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 08:26 | コメント (0)
2006年06月03日
シナジェティクス
元素の発見の歴史は、加速度的にあたらな元素が発見された根拠を科学的には偶然性に委ねたが、同時に、その神秘性はメタフィジクスに、その膨大なシステムの体系化はシナジェティクスに委ねられた。 そしてその産業化による経済性の恩恵(プリセッション)はデザインサイエンスに委ねられた。
1927年、それらをたった一人の無名の個人が構想していたという事実を受けいれなければ、バックミンスター・フラーの著作は世界中の本屋で瞑想精神世界に分類されたままだ。 Y.K
投稿者 e-shokuju : 05:44 | コメント (0)
2006年05月31日
シナジェティクス的オペレーション
どうにか偶然に見せかけて、
すべての人々に同じことをさせようとする社会を構築した。
それは、無言のうちになされた。
しかし、誰でも異なる観点を持つことを誰も止められないので、
そのシステムはうまくいっていない。
実際、異なる何かを見て、行動する誰かが、つねに存在する。
われわれの遺伝子は、われわれの意志を超えて、
偶然にも同一にならない不完全なシステムを採用しているからだ。
しかし、行動したとしても本当の価値を加えないかぎり、
必要としていない無数の出来事が生まれている。
本当(real)とは何か。
歴史的には royalが定める法律こそが真実(real)なのだ。
21世紀の虐殺者は、帰国すれは英雄である。
真実を反対称化する主体が真実(real)なのである。
必要としていない無数の出来事は、直轄植民地(royal colony) のなごりである。
専門家社会もコロニーのなごりである。
誰もが本当の価値を加えるコトを畏れている。
化学的結合や解離では、加えるコトはもっとも単純なシステム操作である。
正確には、既知となった価値を加えるのではなく、
加えるコトでそれまで未知であった情報が生成することを意味している。
価値があるコトは、情報を加えるコトから生まれる。
このシナジェティクス的オペレーションは、
価値があるモノを支配したroyalを陳腐化する<共有する新しいシステム>である。
これがもう一つの真実(real)なのである。
つまり、シナジェティクス的オペレーションは幾何学的な補助線ではないのである。
シナジェティクス的オペレーションはしばしばこどもの試行に、日々の遊びに頻繁に現れる。 Y.K